解答
2、4
解説1:シックデイについて
シックデイとは糖尿病治療ガイドより以下のように定義されている
・糖尿病患者が治療中に発熱、下痢、嘔吐をきたし、または食欲不振のため食事ができないときのこと
シックデイの体にもたらす影響
① 高血糖になりやすい
シックデイに該当する病態には、風邪、下痢、発熱、腹痛、食欲不振、外傷、骨折などが含まれる。これらの病態は生体にとってストレスとなり、副腎皮質ホルモンなどの分泌を促進する。これらホルモンは急性期における生体防御に寄与する一方で、インスリン作用を減弱させ高血糖を惹起する。非糖尿病者では血糖上昇に応じてインスリン分泌が増加するが、糖尿病患者ではそれが十分に行えないため、シックデイ時には血糖値が通常より高くなりやすい。
② 低血糖になりやすい
一方で、シックデイには食欲低下により摂取量が減少することが少なくない。薬物療法中の糖尿病患者では、摂取量が減少しているにもかかわらず常用量の薬剤やインスリンを使用すると低血糖が発生する。また、発熱や下痢により脱水が生じると腎機能が低下し、腎排泄型薬剤では体内滞留が増加し低血糖が助長される。すなわち、シックデイにおいては複数の要因が絡み合い、血糖値が大きく変動しやすい。
③ 危険な急性合併症が起こりやすい
糖尿病治療の目的は長期的な高血糖に伴う慢性合併症(網膜症、腎症、動脈硬化など)の進行予防にある。しかし、糖尿病には急性合併症も存在し、シックデイにはこれらが惹起されやすく、対処の遅れは生命予後に直結する。
ケトアシドーシス
特に注意が必要なのは1型糖尿病患者およびインスリン治療を行っている2型糖尿病患者である。インスリン作用が不足するとブドウ糖利用が障害され、代替エネルギー源として脂肪が利用される。この過程で肝臓においてケトン体が産生され、血中に蓄積することでアシドーシスを呈する。これを糖尿病性ケトアシドーシスといい、悪心、腹痛を呈し、進行すると意識障害や昏睡に至り、緊急治療を要する。原因として最も多いのは、シックデイにおいて「食事摂取が少ないため血糖は上がらない」と自己判断し、インスリン投与を中断するケースである。インスリン投与は食事量にかかわらず中止してはならず、血糖自己測定値を参考に単位数を調整し投与する必要がある。
シックデイへの対応(糖尿病診療ガイドライン2024より参照)
① シックデイの際に医療機関に相談できる体制を確立させておく
② 決して自己判断で経口血糖薬やインスリンを中止しないよう指導する
③ 食事摂取が困難な際は早期に医療機関を連絡し、指示をうける
④ シックデイの際には、脱水予防のため、十分な水分を摂取し、できるだけ摂取しやすい形(お粥、麺類、果汁など)で糖分を摂取し、エネルギーを補充する
⑤ できるだけ血糖自己測定やケトン体測定を頻回に行う
シックデイの際の血糖降下薬の使い方
【インスリンの場合】
① 中間型または持効型インスリン注射の継続を原則とする
② 追加インスリンは、食事量(主に糖質)、血糖値、ケトン体に応じて調整する
③ 頻回に血糖値/ケトン体を測定する
【経口血糖薬の場合】
① インスリン分泌促進薬:食事摂取不良である場合は調整が必要なため、医療機関に連絡することが望ましい。診察時の状態により中止、減量を判断する。
② αグルコシダーゼ阻害薬:消化器症状の強い時は中止する
③ ビグアナイド薬:シックデイの間は中止するように普段から指導しておく。受診時には、投薬の変更などを考慮する。
④ チアゾリジン薬:シックデイの間は中止することが可能である
⑤ インクレチン関連薬:シックデイの間の使用については、現在コンセンサスが得られていない。GLP1受容体作動薬については、血糖自己測定値を参考に、インスリンへの切り替えを含めて検討する
⑥ SGLT2阻害薬:シックデイの間は、中止するように指導しておく
⑦ イメグリミン:シックデイ時の対応について明確ではないが、メトホルミンと類似の化合物でミトコンドリア呼吸鎖へも作用する点、腎機能障害時には排泄遅延による血中濃度の上昇がみられることから中止がのぞましい
解説2:個々の選択肢について
1誤
患者は空腹時Cペプチド:0.4ng/mⅬでトレシーバ使用中。
・高血糖の増悪:インスリンを中止すると血糖上昇が制御できなくなり、短期間で極めて高値に達する。
・高浸透圧高血糖症候群(HHS):2型糖尿病に特徴的な急性合併症であり、インスリン不足と脱水が重なることで発症する。死亡率が高いため、予防にはインスリン継続が不可欠である。
・ケトアシドーシス:一般に2型糖尿病では稀であるが、長期罹患例や高度インスリン分泌低下例では発症しうる。インスリン中断はこのリスクを高める。
2正
メトホルミン:脱水・嘔吐を伴うシックデイでは中止が必要。
① 重度の腎機能障害(eGFR<30 mL/min/1.73m²)
メトホルミンは主として腎排泄されるため、重度の腎機能障害例では薬剤の蓄積が生じ、血中濃度が上昇する。その結果、乳酸アシドーシスの発症リスクが著明に高まるため禁忌とされる。
② 乳酸アシドーシスの既往歴
過去にメトホルミン関連の乳酸アシドーシスを発症した患者では再発リスクが高く、再投与は禁忌である。
③ 重症ケトーシス・糖尿病性昏睡または前昏睡・1型糖尿病
これらの病態ではインスリン欠乏が主因であり、インスリン治療による迅速な補正が必要となる。メトホルミンは有効性がなく、むしろ不利益となるため禁忌である。
④ 過度のアルコール摂取
大量のアルコール摂取は肝臓での乳酸代謝を阻害し、乳酸アシドーシス発症リスクを増大させる。したがって、慢性的過量飲酒者には投与禁忌である。
⑤ 脱水状態
下痢、嘔吐、食欲不振などによる脱水は腎機能を悪化させるため、メトホルミンの排泄が遅延し、乳酸アシドーシスの危険性が増加する。このため、脱水状態では投与中止が必要である。
⑥ 重度の心血管・肺機能障害
ショック、急性うっ血性心不全、急性心筋梗塞、呼吸不全などの状態では低酸素血症を伴いやすく、乳酸産生が増加する。低酸素血症は乳酸アシドーシスの発症要因であるため、これらの病態は禁忌とされる。
⑦ 外科手術の前後
外科手術に伴う絶飲食、栄養不良、脱水、感染症リスクは乳酸アシドーシスを誘発する可能性がある。そのため、手術前後にはメトホルミンを中止する必要がある。
グリメピリド:食欲低下や摂取不良がある場合は中止または減量が必要。
① 重症ケトーシス、糖尿病性昏睡または前昏睡、1型糖尿病
これらの病態はインスリンの絶対的不足が原因であり、速やかなインスリン注射による治療が必須であるため、グリメピリドの適応はない。
② 重篤な肝機能障害・腎機能障害
肝臓や腎臓の機能が著しく低下している場合、薬物代謝および排泄が遅延し、薬剤が体内に蓄積することで重篤な低血糖を引き起こす危険があるため禁忌である。
③ 重症感染症、手術前後、重篤な外傷
これらの病態はストレス下で血糖が急激に変動しやすく、厳密な血糖管理にはインスリンが必要となるため、グリメピリドは禁忌である。
④ グリメピリドまたはスルホニル尿素系薬剤に対する過敏症の既往
過去に薬剤アレルギー反応を呈した患者には再投与してはならない。
⑤ 妊婦または妊娠の可能性のある女性
SU薬は胎盤を通過し、胎児および新生児に影響を与える可能性があるため禁忌とされる。
⑥ 高齢者
加齢に伴い腎機能や肝機能の低下が存在することが多く、薬物排泄が遅延し低血糖のリスクが増加するため、特に慎重な投与が必要である。
⑦ 下痢・嘔吐などの胃腸障害(シックデイ)
食事摂取が困難な場合、低血糖の発生リスクが高まるため、一時的な休薬や投与量の調整を含めた対応が必要となる。
3誤
シックデイでは感染症や発熱、消化器症状によって食欲低下や摂食不良が生じやすい。しかし、糖尿病患者において炭水化物摂取の極端な制限は望ましくない。
① 血糖変動の安定化:炭水化物を過度に減らすと血糖が不安定になり、低血糖やケトーシスを助長する。
② 急性合併症の予防:特にインスリン治療中の患者では、炭水化物不足によりインスリンの必要量と食事由来糖質が不均衡となり、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の誘因となる。
③ 栄養維持:体調不良時にこそ最低限のエネルギー供給が必要であり、完全な絶食は回避すべきである。
・指導方針
嘔吐がない場合:通常の食事が可能であれば、炭水化物を含む食事を可能な範囲で継続する。一般に「炭水化物を減らす」のではなく、普段と同程度の炭水化物摂取を目指すことが推奨される。
食欲低下がある場合:消化しやすい炭水化物(おかゆ、うどん、果汁、スポーツドリンクなど)を少量でも摂取し、1日を通じて必要量を分割して補給する。
摂取不能に近い場合:経口摂取が困難な場合は、低血糖やケトアシドーシスのリスクがあるため、速やかに医療機関で輸液や補正インスリン投与を受ける必要がある。
4正
高浸透圧高血糖症候群(HHS)とは
①高浸透圧高血糖症候群(HHS)は、糖尿病患者における急性代謝性合併症の一つであり、極めて高度の高血糖と血漿浸透圧の上昇を特徴とする病態である。糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)と並ぶ重篤な緊急症であるが、HHSではインスリン分泌がある程度保たれているため、顕著なケトーシスを伴わない点が特徴的である。
② 発症機序
シックデイ(感染症・脱水・手術・薬剤など)によりインスリン作用が相対的に不足する。
インスリンの残存作用により脂肪分解とケトン体産生は抑制されるが、血糖上昇を抑制するには不十分である。
高血糖により浸透圧利尿が生じ、多量の水分と電解質が喪失する。
口渇反応の低下や摂水不良により脱水が進行し、血漿浸透圧が著明に上昇する。
③診断基準
血糖値:600 mg/dL以上
有効血漿浸透圧:320 mOsm/kg以上
ケトン体:陰性〜軽度上昇
動脈血pH:7.30以上(顕著なアシドーシスは認めない)
④臨床症状
高度の脱水:口渇、皮膚乾燥、乏尿
神経症状:意識障害、けいれん、昏睡
全身倦怠感、体重減少
典型的な多飲・多尿が不明瞭な場合も多い(特に高齢者)
⑤予後
HHSはDKAに比べて発症は緩徐であるが、診断の遅れや高齢患者に多いことから死亡率は10〜20%と高い。早期診断と迅速な輸液・インスリン治療が予後改善に直結する。
高齢者の2型糖尿病患者は、内因性インスリンが残存しているためケトアシドーシスは起こりにくい一方、加齢に伴う口渇感覚の低下、腎機能低下、併存疾患や薬剤の影響、水分摂取不良が重なり、高血糖と脱水が進行しやすい。その結果、1型糖尿病患者と比較して、高齢者2型糖尿病患者は高浸透圧高血糖症候群を発症しやすいと考えられる。
下の図は一般社団法人日本くすりと糖尿病学会より提供されているシックデイカードである。
ホームページよりダウンロードできるので使用の手引きに基づき利用することをお勧めいたします。
記載したカードをお薬手帳などに貼っておくことで医師、患者、薬剤師が把握できるとても有用なものとなっています。

参考文献 糖尿病診療ガイドライン2024
一般社団法人日本くすりと糖尿病学会
今月のこやし
くすしのこやしは、実際の報告として、PIRに投稿された実例を元に作成しています。
本PIRは「在宅患者」「高齢」「糖尿病」というキーワードが重なり、医療現場では非常に遭遇しやすく、かつ対応を誤ると重大な転帰につながりうる典型例と考えます。
低血糖と脱水が同時に存在している状況は危険信号であり、薬剤師としての介入の重要性を改めて実感しました。患者や家族が「食欲がないから薬を減らす/止める」と自己判断してしまうことは少なくありません。そのため、今回のように薬剤師が早い段階で、患者の状況からシックデイの可能性を察知し、情報を整理して医師に確認・報告できたことは薬剤師業務として非常に重要だと感じました。
シックデイ時の対応は「高血糖リスク」「低血糖リスク」「急性合併症リスク」が複雑に絡み合うため、通常の服薬指導以上に、生活支援・食事指導・水分摂取指導を含めた包括的なアプローチが求められると考えます。特に高齢の在宅患者では、HHSの発症リスクを常に想定し、家族も含めて早期に医療機関へつなぐ体制を整えておくことが重要です。
総じて、今回の事例は「薬剤師が介入しなければリスクを見逃す可能性が高かった場面」であり、在宅医療における薬剤師の役割の大きさを実感する症例だと考えます。
本稿が皆様の日々の実践にお役立いただければ幸いです
今月の担当者




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