解答
問1 2
問2 1 , 2
解説1
動悸について
動悸とは,「心臓の鼓動を自覚する症状」と定義され、 患者からは「胸部やその近くで感じられる、 不快な鼓動や動き」と表現される。 「心臓がドキドキする」洞性頻脈を感じる場合や「心臓の鼓動を強く感じる」心収縮力の増加を感じる場合など、 様々な主訴があると報告されている。 動悸は心臓の鼓動を自覚するすべての症状を含むものであり、 洞性頻脈や心収縮力の増加を引き起こす全身性の疾患は動悸を生じやすいとされている。
動悸を起こしうる疾患
1.虚血性心疾患
虚血性心疾患は、 心臓の栄養血管である冠状動脈に、 主として粥状硬化による狭窄や閉塞が発生し、 心筋の虚血が起こるために発症する。 虚血性心疾患の中には、 心筋が血液不足(虚 血)になり、 一時的に胸痛を感じさせる狭心症と、 冠状動脈が突然閉塞し、 心筋が壊死に陥る心筋梗塞がある。 また糖尿病症例や高齢者などでは、 虚血であるにもかかわらず、 胸痛を感じないことが比較的多く、 無痛性心筋虚血と呼ばれる。
虚血性心疾患の危険因子として、 高コレステロール血症・喫煙・高血圧・糖尿病・肥満・運動不足などがあり、 それぞれの危険因子を持つことによって、 冠状動脈硬化をはじめとする動脈硬化症の発症の危険性が高まると報告されている1)。
動脈硬化の初期のプロセスは、 危険因子が動脈の内皮に傷害を与えることから始まり、 内膜に脂質、 泡沫細胞の蓄積と平滑筋細胞増殖、 細胞外基質の増加が起こり、 粥腫が形成される。
この粥腫により、 冠状動脈を流れる血液量が減少し、 心筋虚血を引き起こす。
心臓は、 酸素の供給不足を補う為、 より多くの血液を送り出そうと心拍、 心拍出量を増加させることで、 動悸が発生すると考えられている。 一般的に、 安静時の心拍数が100回/分を超えると、 動悸を感じやすいと報告される。
Sさんの場合、 心電図上で波形の乱れは軽度、 医師より経過観察の指示があり、 かつBNPやCKも基準値内の為、 虚血性心疾患の可能性は低いと考えられる。 (問1 選択肢1)
2甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症は、 甲状腺ホルモンの産生不足による症候群であり、 症状の程度は甲状腺ホルモン欠乏の重症度と期間に依存する。 主な症状としては、 疲労感、 倦怠感、 体重増加、 便秘、 浮腫、 徐脈、 抑うつが挙げられる。
動悸の原因となり得る病態は、 頻脈等の症状を引き起こす甲状腺機能亢進症であり、 甲状腺機能低下症は不適である。 (問1 選択肢2)
甲状腺機能亢進症では、 臨床症状として甲状腺腫による前頸部腫脹、 動悸、 震え、 発汗増加がみられやすく、 検査項目として、 主にFT₄、 FT₃、 TSH、 TRAbを用いる。
甲状腺ホルモンは、 心臓や脳機能作用を調節し、 肝臓や骨、 消化管、 腎臓、 血管細胞、 褐色脂肪細胞に作用して代謝調節を担う。
心機能の調整においては、 カテコラミンに対する心筋の感受性を亢進させ、 心収縮力の増強、 心拍数の増加、 心筋の不応期短縮、 房室伝導の亢進を生じる。
心房筋の不応期の短縮は心房細動の発生に寄与し、 房室伝導の亢進は心房細動時の頻脈形成に関与する。 よって甲状腺機能亢進症では心筋収縮力の増強と心拍数の増加から動悸が起こりやすいと考えられる。 また、 甲状腺機能亢進症 11,309 例のうち 288 例 (2.5%) に心房細動の合併があると報告されている2)。
Sさんの臨床所見では、 動悸がみられるものの、 血液検査ではFT₄、 FT₃、 TSH、 TRAbが正常値を示している事から、 甲状腺機異常は考えにくい。
下図では、 甲状腺機能亢進症の鑑別について、 ガイドラインから図を引用している3)。
3.貧血
血液中のヘモグロビン値が男性13.0g/dl以下、 女性12.0g/dl以下と定義される。 ヘモグロビン量の減少により、 体内の酸素供給が減少する状態である。 血中酸素が不足した場合、 心臓は全身の酸素不足を補う為、 循環血流量を増やし心拍数を上昇させる。その際に起こる心拍数の増加が、 動悸を引き起こすと考えられる。
他の症状には、 疲労感、 息切れ、 頭痛などがみられるが、 貧血の早期発見および治療は、 動悸の管理にも有効であるといえる。
SさんはHb:14.2g/dlで13.0g/dlを超えている為、 貧血とは考えにくい。 (問1 選択肢3)
4.自律神経失調症
自律神経失調症は、 自律神経系のバランスが崩れ、 交感神経系の亢進や副交感神経系の抑制により起こる精神、 身体症状の総称とされる。 原因としてストレス、 生活習慣の乱れ、 遺伝的要因など、 様々な要因によって引き起こされると考えられている。 これらの要因により、 自律神経失調症において、 交感神経系の亢進は、 心拍数の増加、 心筋収縮力の増強を引き起こし、 動悸を引き起こす可能性がある。 また、 副交感神経系の抑制も、 心拍数の調節機能を低下させ、 動悸に繋がると考えられている4)。 自律神経失調症に伴う動悸の治療は、 原因となるストレスや生活習慣の改善、 薬物療法、 心理療法等、 多岐にわたり、 薬物療法としては、 β遮断薬、 抗不安薬などが用いられる。 心理療法として、 認知行動療法、 リラクセーション法などが有効とされる5)。
Sさんは、 息切れするようになってから趣味や運動の機会が減った為、 生活習慣に変化がみられ、 ストレスを感じていた。 自律神経失調症の中でも特にパニック障害で動悸がみられやすいとされるが、 ストレスを感じる程度は個人差が大きい為、 趣味や運動の機会が減る事は動悸の要因の一つであると考えられる。 (問1 選択肢4)
5 . β₂刺激薬、 薬剤誘発性動悸について
β2刺激薬は、 気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患 (COPD) の治療に広く用いられる薬剤だが、 その作用機序から、 心血管系へ影響を与えると言われている。
ビレーズトリエアロスフィアには、 ホルモテロールが含まれており、 肺から吸収され、 血液を介して全身へ輸送される。 心臓に到達すると、 ホルモテロールによる受容体刺激が起こり、 Gsタンパク質の活性化、 アデニル酸シクラーゼの活性化、 cAMPの増加、 プロテインキナーゼAの活性化を介し、 心拍数増加、 心筋収縮力増強、 興奮伝導速度の上昇を引き起こす。
これらの心機能への影響が、 動悸として自覚されると考えられている6)。
尚、 心臓におけるβ受容体の存在比率は、 およそβ1受容体が70~80%、 β2受容体が20~30%と言われており、 心臓にβ3受容体は存在しない7)。
動悸を起こしやすい薬剤(作用ごと)
薬学的機序
- 心臓への直接作用 : 一部の薬剤は、 心筋細胞のイオンチャネルに作用し、 心筋の興奮性や伝導性を変化させることで、 動悸や不整脈を誘発する。例:ジギタリス製剤、 抗不整脈薬(クラスI、 III)、 三環系抗うつ薬
- 自律神経系への作用 : 交感神経系を刺激する薬剤は、 心拍数や心筋収縮力を増加させ、 動悸を引き起こす可能性がある。例:β刺激薬、 テオフィリン、 抗うつ薬(SNRI、 MAO阻害薬)
- 内分泌系への作用 : 甲状腺ホルモンに影響を与える薬剤は、 代謝を亢進させ、 心拍数を増加させる為、 動悸を誘発することがある。例:甲状腺ホルモン剤、 ヨード製剤
薬物動態的機序
- 電解質異常 : 一部の薬剤は、 電解質(カリウム、 マグネシウム、 カルシウム)のバランスを崩し、 心筋の興奮性や伝導性に影響を与え、 動悸や不整脈を誘発する恐れがある。例:利尿薬、 下剤、 ステロイド
- 薬物相互作用 : 複数の薬剤を併用することで、 薬物の代謝や排泄に影響を与え、 血中濃度が変動し、 動悸などの副作用リスクが高まる可能性がある。
Sさんの動悸の訴えは、 ビレーズトリエアロスフィア開始前にはなく、 症状を感じ始めたのは、 ここ数日間と訴えがある事から、 ビレーズトリエアロスフィアの副作用で動悸が発現した可能性があると考えられる。 (問1 選択肢5、 問2 選択肢1)
6.喫煙と循環器系疾患
喫煙は、 ニコチンや一酸化炭素(CO)、 一酸化窒素(NO)、 シアン化水素(HCN)、 活性酸素(O2–)などの化学物質を通じて心血管系に多面的な影響を及ぼす。 ニコチンは交感神経を刺激し、 心拍数の増加や血圧上昇を引き起こし、 これが動悸の原因になりうる。 一酸化炭素は血液中の酸素供給能力を低下させ、 血管内皮に損傷を与え、 血栓形成を促進する。 これらの作用により、 動脈硬化や血栓の形成が進行し、 虚血性心疾患や脳卒中の発症リスク上昇及び重症化に関与する。 よって、 禁煙の提案は患者の全身状態の改善に繋がる重要な対応といえる。 8)(問2 選択肢2)
7.その他
患者の持参した検査結果が正常範囲内でも、 病因を断定することは薬剤師にはできない。
Sさんに対して動悸や息切れの原因が不明な段階で運動を推奨することは適切ではない。
たとえ動悸が軽度でも、 その背景には重篤な疾患が隠れている可能性があるため安易に助言することは控える。 (問2 選択肢3,4,5)
Sさんは処方医へ問い合わせを行った結果、 吸入の一時中止の指示あり。 その後症状改善がみられた。

今月のこやし
今年は例年よりも寒暖差が激しく、 日々の業務の中でも、 季節の変わり目で体調を崩される患者さんが多くみられたのではないでしょうか。 今月のこやしは、 そんな季節の変わり目にみられやすい、 動悸について執筆致しました。
季節の変わり目は、 自律神経が乱れやすく、 心因性の不整脈や動悸がみられやすいとされます。 動悸の主訴から心疾患や薬剤の副作用に目を向けがちですが、 動悸には様々な要因があり、 特に心因性の動悸は、 検査結果やお薬手帳からは判断が難しいと考えられます。
患者さんの中には、 「診察中には言えなかったんだけど‥」と薬局で症状をお話になり、 治療法が変更になった例など、 先生方の中にもご経験がある方が見えるのではないでしょうか。
日々の業務の中で、 患者さんとゆっくり向き合う事は難しいですが、 数値で見る事ができない部分を、 会話の中で見つける事が、 何よりも大切だと考えます。
この記事が、 皆様のこやしとなれば幸いです。
参考文献
1)順天堂医学46(2) p.176-179(2000)虚血性心疾患の病態と診断
2)日内会誌,1989; 78: 577-581。
3)赤水尚史:内科学 第11版,p1578 朝倉書店2017
4)上島弘嗣. 自律神経失調症. 日本内科学会雑誌. 2013; 102(11): 2752-2758.
5)神経症候群 – 11. 自律神経失調症. 医学書院 医学大辞典 第2版.
6)Hancox RJ, Cowan JO, Flannery EM, Herbison GP. Adverse effects of beta2-agonists in adults with asthma: a systematic review. Respir Med. 2001;95(8):622-631.
7) Brodde OE. Beta-adrenoceptor subtypes in the human heart: functional implications. Eur Heart J. 1991;12 Suppl D:17-24.
8)eヘルスネット

「くすしのこやし」今月の担当者
中西 成仁
学術委員会 委員



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